表現者か

ちょっと泣けた。何年間、何人から言われ続けたことか。

 価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない。その表現の仕方が研究だろうと、スピーチだろうと、絵画だろうと、価値の判断基準は常に自分の内部にあり、その基準に基づいて自分の考えや思いを外に問うのが表現だ。価値の判断基準が外にある人間は、自分の内部にあるものが外に問うだけのクオリティに達しているかを常に悩んでしまい表現を外に出せない。外に出せない限り、いかなる人間も表現者とはなりえないんだ。

 表現者は、外の世界に自分の考えや思いを問うのがその存在意義だ。外に問うということは反論を食らうということなので、皮膚は破れ、肉は断たれる。でも、骨は守る。傷を癒し、身のこなしを鍛え、骨を強化し、場合によっては骨を入れ替え、再び世の中に自分の考えや思いを問う。考えや思いを外に問わなければ何も始まらないから、ただ、そうする。

価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれない - 発声練習

はじまりは、大学の研究室に入って教授から言われたこと。

「研究テーマは何でも構わない。ただ、誰もやってないことをやってみて欲しい。」

バカ学生が考えそうなことは、価値の有無、成功・失敗に関わらず、既にに世に知られていることで、googleで検索すればたいていヒットするし、そうでなくてもなんらかの専門文献に載ってたりするんだよね。
テーマ報告〜中間報告〜最終報告、ずーっと質問攻め。灰皿飛んできたこともあったな(笑)

「それ知ってる。どこそこの会社でやってたよ。」
「それが誰もやってないことであることを証明してみせてよ。他でやってるなら意味ないじゃない。」
「何が出来てなくて、それを研究することで何が出来るようになるの?」
「その研究は誰にとって価値があるの?ニーズはあるの?」
「その研究することで、将来的にどんな成果が期待できるの?」

会社入ってからも、上司や先輩に言われたなぁ。

「それで、オレに何て言って欲しいの?なんでオレに答え求めるの?」
「結局、ee83126はどっちがいいと思ってるの?正解・不正解に関係なく、答え持ってた方が楽しいよ。」
「お願いしたことはキッチリやってくれるし信頼してるけど、そうじゃないんだな。オレが期待してるのは。」

先生、お元気でしょうか。やっぱり進学しなくて正解でした。でも、畑違いな就職先を選択しても本質は一緒。避けて通ることは出来ませんでした。
時間かかったけど、おっしゃりたかったことは理解できた気がします。

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